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14 2011

未曾有という言葉の意味

いまだ落ち着かず、テレビで流れる映像に目が行く。

心穏やかになれる瞬間は、あまりなく、自宅作業となった仕事にも、勢い集中できない。

Twitterにある三つのアカウントやFacebook、そして掲示板などの情報を常に追ってしまう。

地震、津波、そして放射能汚染。。

ネットの力、連帯感、正義、思いやり、世界の一つ感。

特にFacebookで寄せられる海を越えたメッセージ、そしてTwitterで語られる最新情報に交じる、応援コメント。。


その瞬間は、何気なくやってきた。

ビルの最上階、といっても築30余年のビルでは、たった23階だけれど、そこの広い会議室で、セミナーを聞いていた。外の風景は、下に赤坂御所、迎賓館が見え、いくつかの高層ビルが点在して見えている。
このビルでは割と落ち着いた風景の見える方角だ。

誰かが、「地震??」と声を上げ、立って講師をしていた者が、「あれっ」という顔をした。

つい前日も、かなりの振幅の横揺れがあったし、またか・・と思った瞬間、

「おーーっ」と声が出るほどの横揺れが始まった。さすが23階、相当な振れで、キャスターの付いた椅子が、不安定に横滑りしだす。

30人ほどの人たちがいたが、みんなきょろきょろしている。

ハッと気が付き、立ちあがって窓に走った。

青山通りをゆく車の群れに変化はないが、隣のビルが大きく揺れだしていた。

特に郵便局の屋上に設置されたアンテナが、大きく風になびくように振れだした。

目を上げると、一キロほど先の建設中のビルの屋上に設置されたクレーンが、いまにも振り落とされそうに振り回されている。

ようやく、車が止まりだした。郵便局から、人がぞろぞろ中庭に出てきた。

ふと、振り返ると、ほとんどの参加者が机の下にもぐり、大きく左右に振れながら、必死にしがみついていた。

足元が本当におぼつかないほどの揺れに振り回されてはいたが、部屋の壁や天井、そして窓、またほかのビルの様子を見ても、ガラスが割れたり、外壁が崩れたりしている様子は見えなかった。

揺れは、延々と続いた。前日も長かったが、けっこう大きな地震も体験はしているが、こんなに長いのは、驚きに値する感じだった。

しばらく耐えていたが、ようやく静まっていく感じになったので、とりあえず下の階に下りることにした。

当然エレベータは使えないし、だいたい使いたくないので、非常階段を飛ぶように降りる。

12階のオフィスに到着すると、平然と仕事に没頭している者もいれば、崩れたデスクの上のものをかき集めるのにてんやわんや者など。。

また余震が来る。

ビルを出た方がいい、と言い出すものも出る。

責任あるものの行動が明確でないのが、この会社の弱点なのだろうな。。と転職してきた者の感想を思ったり。

ついに、グループの総責任者の外人が来て、早く退出し、家族のもとに戻ってください、と西欧人らしいことを言う。

荷物まとめ、また非常階段を下りる。

ビルの中庭に、三々五々、人が数人ずつの集団になってしゃべっている。

どうしようか。。すべての鉄道は止まっているとの情報は入っているし。復旧など、しないだろうな。。と思う。

食料、水、トイレ、防寒。

必要なものはこのくらいか。

とにかく、歩こうと思った。

実際、人の列が、道沿いに川のように長く伸びて歩いていくのが見えた。

ウォーキングで歩いたところをつないでも、夜まで歩けるな、と。

仲間に手を振り、まず北に向かって出発した。

青山を出て、信濃町、四谷三丁目、そして新宿通りを西におれる。

新宿二丁目あたりで、トイレが近くなり、記憶をたどってビルの谷間の公園に行き、用を足す。

沿道の商店などは全く平常に営業している。車の交通も普通で、バスは混んでいるものの、運航は正常に見える。

で、なんだ?って感じ。でも、電車はどこも動いていない。だから、みんな歩いている。

「小諸そばを」見つけた。

食べられる時に食べておこう、と店に入る。セットメニューを注文。店の中はいつもの感じと変わらない。

IMG_20110311_170612.jpg



その後しばらく歩き、明治通りに出たら、日清食品本社前で、初めて地震の被害らしきものを発見した。


IMG_20110311_172448.jpg

でも、これだけ街が正常だと、この看板、相当弱かったんじゃない??と思いたくなる。

明治通りは、今まで以上に人の波が上り、下り、ともに切れ目がなくなる。

こんなに集中していたら、誰かに遭うよな、、と思っていたら、案の定、知り合いのオーストラリア人女性に遭う。「Hi , Are Yoy OK ?」とだけ言い交し、去る。

警察の前では地図を配ったり、道案内に警察官は忙しい。

だんだん暗くなってきた。

目白通りに出ると、都電が走っているのが見えた。でも、停留所にはあふれる人ごみ。。

ここでまた、友達の女性に遭う。すごく久しぶりだけど、「げんき? じゃあ」と言って行きすぎる。

雑司ケ谷の坂は、ちょっときつくなってきた。区民会館のようなところに入って、トイレを借りる。

どこも、公衆電話には長蛇の列だ。無料になっているらしい。

このあたりから、スマートフォンの電池が怪しくなり、電源を切って歩いた。ネットの情報が入らなくなる。

あとは通話用のPHSを大事に使う。

池袋近くなって、不動産屋が、窓の外に向けてテレビをつけてくれているところに来た。

立ち止まってみると、津波に押し流される住宅、畑が映っていた。宮城県岩沼の閖上とある。

「うわーっ」という衝撃が走った。映画で見る、たとえば「2012」などで見る津波の映像とは違う、リアリティありすぎだ。映画なんて、こんなのに比べたら、いくら作ったって、リアリティは出せるもんじゃないんだと、わかった。

閖上。荒浜。

ただの地名じゃない。よく知った土地だ。

それが、あっという間に呑み込まれていく。

目をテレビから離すと、ありふれた平和な町の風景だ。。

これはなんだ。


池袋に近づくと、カラオケ屋やパチンコや、居酒屋の呼び込みが、雑踏に交じり始める。

どこが、地震だ。

駅に入ると、シャッターが改札口に下りている。

腰を下ろして待つことにし、メールなどしていたら、「本日中の運転はしない」というアナウンス。。

一列に誘導されて、地上に出されてしまう。

どうしようもない。

西口公園のトイレに行く。

ビックカメラに入り、携帯の充電器を尋ねると、申し訳ないが、ほとんど売り切れ、だという。

みんな考えることは一緒だ。

行きつけのホテルチェーンに電話するが、当然のように満室。

サウナも、どこも満室で断っている。

仕方ない、と歩き始める。

もうすっかり夜だ。

川越街道を、ここも人の波に乗って歩き続ける。

自転車屋に人だかり。自転車を買っているのだ。確かに、そういう手はある。

以前の会社のそばの公園で、またトイレ。

心当たりの旅館に寄ってみたが、廃業していて、看板だけが空しく残っていた。

万事休す、だ。

・・・・


結局どうなったか。

この後、さらに歩き、とある駅の近くで、マック、ファミレス、そして地下鉄の地下道で、合計六時間待ち、家族の車にピックアップされたのだ。

歩行六時間、待つこと六時間。歩き続けたためか、待っている間はひどい花粉症の症状に悩まされた。

迎えの車も、高速が通行止めで、下の大渋滞の道を来てくれた。六時間とは・・

ちなみに、帰りは開通した高速で、一時間弱で帰宅した。

会社に留まって泊まった人もいたが、地震後にあの古いビルに、余震におびえながら居続ける気にはなれなかったけど、情報が聞けていれば、帰宅困難者に開放された施設に入ったものを・・と後悔・・

やっぱり、電池のバックアップは急務だね。

それに携帯ラジオ、緊急用に会社においていたものを登山用に持ち帰っていたのも失敗。。

こんな苦労も、津波の被災の方々には平和なエピソードに過ぎない。

一人でも多くの生存者がいることを願うだけだ。

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- 7 Comments

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2011/03/23 (Wed) 13:27 | EDIT | REPLY |   

devilman  

Smileyさんへ

コメントありがとう。
当日、あまり苦労されずにお帰りになれたこと、安心しました。
女性は特に、場所によってはこういう時は注意した方が良いですから。
こんなにいろいろなことが続くと、いったいいつになったら平常な生活に戻れるのか、不安になりますね。
被災された方には、それこそ大変な時間の始まりですから、何かできないかと思いますよね。

2011/03/16 (Wed) 13:46 | EDIT | REPLY |   

Smiley  

No title

大変でしたね。。
でも、ご家族がお迎えに来てくれて良かったですね!!
こちらは幸運にも会社から徒歩2時間弱で自宅に戻りました。
自動車は大大大渋滞で、徒歩のほうが断然早かったです。。
普段からの備えって大事ですね。
昨夜は東海でも地震があったし、原発は不安だし・・・でも、自分ができることをやっていくしかないですね!!



2011/03/16 (Wed) 12:56 | EDIT | REPLY |   

devilman  

ひぃ♪さんへ

お気遣い、恐れ入ります。
まあ、大したことないっていえば、そうかもしれないし、大変だったといえばそれはそうだけど、別に体が傷ついてもいないし、寒かったけれど、風邪もひかなかったし。
でも、確実に浴び続けた花粉のおかげで、二日間くらいは駄目でしたね。
花粉症じゃなけりゃ、待っている時間のうち4時間はうとうとできて、快適だったろうけれど。
ほとんど、鼻炎症状にさいなまれてました。。

2011/03/15 (Tue) 21:43 | EDIT | REPLY |   

devilman  

くまさんへ

歩くのはね、別にいいんですが、この日はたまたまあまり足に合っていないスニーカーを履いていて、靴の中で足が滑って、とても具合が悪かったのです。
最後の2キロほどを除けば、ここには何度か歩いている区間だったのですがね。
それにしても、みんなどんどん歩くのに、びっくりです。

2011/03/15 (Tue) 21:38 | EDIT | REPLY |   

ひぃ♪  

No title

うっきゃー すごい体験をなさったんですね
ここまでとは思いませんでしたよ
まだ 古い建物での地震 これが 私にはあり得ない
一度 むかーーーーし 高いビルでの地震にあって その感覚はいまだに消えないのだけれど
そんな感じなんだろうなと
それから徒歩 6時間 待ち 6時間
よくぞ頑張りました
花◎あげたいです
道中ご無事でよかったわ

2011/03/15 (Tue) 19:53 | EDIT | REPLY |   

北海道のくま  

No title

いろいろ 参考に なりますね
 一人でも多くの人が 助かってほしいですよね

2011/03/15 (Tue) 07:49 | EDIT | REPLY |   

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