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04 2006

文化の衝突

昨晩のNHKで、「鄭和」を見た。

 

高校の世界史の時に思いを馳せたことはあったけれど、具体的な彼の足跡を知るのは初めてだった。玄奘三蔵が陸路、鄭和は海路でインドへ行った・・程度の知識だったが、その時代や目的、遺したものは三蔵法師とは種類の違うものだったようです。

 

昨年見た「Kingdom of Heaven」でも、「永遠の語らい」、「みなさんさようなら」でも、みなそう思ったが、西欧文明から、キリスト教社会から見た世界とは、東洋や中東から見たものは違っているような気がしますね。

 

「鄭和」の中で最後に触れられているが、バスコ・ダ・ガマはインドで大勢の現地民を虐殺しているというし、南アメリカにわたったスペイン人、ポルトガル人は数百人で、数十万人の現地の人々を殺し、インカなどの文明を断絶させたし、十字軍は聖地奪還の名の下に、「異教徒の血の海を掻き分けて進んだ・・」との記述があるほど、殺しまくったのだといいます。

 

いま、パレスチナやアフガン、イラン、イラクなどのイスラム世界の人々がテロリストなどの名で暴力的と思われている節があるけれど、歴史の中でキリスト教国の異民族に対する侵略行為は最も大きいものだったような気もしてきます。

でも、それが今世界を席巻している西欧文明の中に、反省として出てくることはないように思います。

 

民族の交流は、共存の努力の中で、初めて大きく発展するはずで、「鄭和」とそれを指示した明の皇帝の志は高かったのだと思います。

 

東洋の思想の発展が、西欧文明に対するバランス感覚として伸びていければよいのかもしれません。中国の急成長がその役割を果たせるのかどうかはわかりませんが・・。

 

キリスト教徒の家に生まれてしまった自分なのですが・・

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1 Comments

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鄭和と 聞いて 船の 名前しか 思い浮かびませんが・・日本でも 英雄でも 語られているのとは かなり 違った事実が 有るので 歴史は 奥が深いですよね? と言いながら・・世界史にも 日本史にも かなり 弱い私ですが・・

2006/05/04 (Thu) 10:24 | EDIT | REPLY |   

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