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12 2006

ニューヨーク その?

自由の女神のリバティ島から、次のエリス等へは10分ほどで着くが、ここは、少々重い場所だ。

ここに来るまでは、自由の女神は完璧に、旅行者にとっての観光地で、おのぼりさんが東京に始めてきて、上野の西郷さんや浅草の観音さまを見る感覚だと思っていた。

もちろん、西郷さんや観音さまが軽いといっているわけではない。

 

後から振返れば、自由の女神もエリス等の移民博物館も、アメリカのidentityを考える上で、欠かせない、重い意味を持ったものだったということなのだ。

 

言われてみれば当たり前だが、Native Americanを除けば、どんなアメリカ人も、例外なく移民(あるいは奴隷として売られてきたところ)にルーツがある。

したがって、ほとんどの人が、この場所にルーツを持っている。

 

 


 

 


 

この大きなホールは、船で到着した移民たちが、registrationを受けるために集められる場所だったという。この場所がさまざまな形で使用され、たくさんの人が集まっている、当時の写真がたくさん展示されてあった。

 

 


 

 


 

ほんとうに、言葉のルーツ、各国の言語、ネイティブアメリカンの言葉から、出来上がってきたアメリカ英語、移民たちの旅立ち、到着と審査、そこでの物語り、晴れて移民が認められ、上陸できた後の生活の苦闘・・、現地の人との摩擦、などなど。。何時間見ていても、飽きない。

 

英語なので斜め読みができないから、ひとつひとつの部屋で展示物を見つつ、その解説を呼んでいると、時間はいくらあっても足りない。

当時の書類のサインひとつひとつが克明に残されている。

 

そして、当時、審査に通るまで、誰もが滞在して、希望のかなうのを待った日々に使われていた生活の品々も、この移民受け入れ施設の重さを示している。

 

アメリカ人はみなここにルーツがある。

 

資料室では、誰でも、自分のルーツを、名前から調べることができるようになっていた。

 

そして最後のほうのコーナーでは、カリフォルニアに入ってきた、アジア系の移民たちのコーナーで、日本人たちの物語も、知ることができた。

着物姿の女性たちが、異国の風景の中にいるのには、時代と、そして大きな運命を感じないわけにはいかない。

 


 

資料室の窓から、すっかり晴れ上がった秋空に、紅葉とマンハッタンの高層ビル群が見える。

文明の象徴、というより、移民たちが築き上げた、富の象徴、そこには空虚さと意地と、見栄っ張りも感じる。

それは、ヨーロッパへの劣等感、移民するしかなかった、「棄民」の夢・・・。

 

 


 

すっかり午後になった頃、エリス等を後にした。買い込んだ資料は重かったけれど、ここに来るように勧めてくれた、ウェールズ人の友人に感謝。

 

 


 

船が着くと、帰ってきた人たちを相手に、「自由の女神おじさん」が記念撮影の商売をしていた。

 

 


 

初めて、ニューヨークの地下鉄に乗る。本当は、撮影禁止だが。

きれいになったといわれているらしいが、日本の認識で言ったら、とんでもなく汚い。

このホームはまだいい方。

 


 

こぎれいなところを撮る。人がいると撮れないから、こんなところを。

日曜日なのですいているらしい。

なかなか慣れなくて、一度は失敗もした。快速があって通過する駅があることと、どっち向きか迷うことがある。

 

 

 


 

うまく撮れなかったが、ドアと外にへばりついて乗ると危ない、という広告。

こういうこと言うところを見ると、やる奴がいるってことか・・。

 

 


 

今日は、珍しく日本料理店。ビレッジの日本料理店が集まる近くにある、「go」。

探し探し行った。

90年代に女子プロレスラーのタッグチームで、ニューヨークで大変成功したJBエンジェルスの山崎五紀さんがご主人と経営しているところ。

彼女のブログもあるらしいけれど、ここには、日本からファンがよく来るらしい。

いわゆる「女子プロレスラー」ではなく、当時から本当に女性らしい方。

ご当人はいらっしゃらなかったが、感じのいい、気取らない店で、味ももちろんよかった。

日本語のメニューで日本語が交わされているのに、ちょっと驚き。

 

でも、お客さんは満員で、ほとんどが白人でした。繁盛しているみたいですね。

 

 


 

ホテルに帰って、ダノンのヨーグルト食べて、、、、。

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- 7 Comments

devilman  

a-shanさん 本当の意味で、アメリカの多人種、多文化の混在と、短期間での発展の中での彼らのアイデンティティのあり方を理解するのは、一朝一夕では難しいと思いました。

2006/11/18 (Sat) 01:09 | EDIT | REPLY |   

a-shan  

Native American以外は皆移民や奴隷としてアメリカに渡った人たちばかり、いろいろな歴史はありますよね。アメリカは比較的新しい国なので、そぅ考えるとここ数百年での変化ってすごぃなぁって思います。
そぅいえば、アメリカ留学時代に知り合った人達は皆ヨーロッパの人たちのミックス(←差別的な意味はなぃので宜しくです。)が多かったなぁ~

2006/11/17 (Fri) 03:43 | EDIT | REPLY |   

devilman  

焼きうどんさん 日系移民にも、さまざまな物語があるはずでよね。一度、ちゃんと知りたいので、Japanese Americanの物語を、博物館の売店で一冊買ってきました。

☆ルナです☆さん そうなんでしょうね。自分はツインタワーの認識があまりなかったので、ぴんと来ないんですが、写真見ると、とても大きなものがなくなっているので、衝撃も大きいんだと思います。

2006/11/15 (Wed) 00:30 | EDIT | REPLY |   

☆ルナです☆  

ツインタワーが消えてるのが なんかホントに寂しい。。。

2006/11/15 (Wed) 00:09 | EDIT | REPLY |   

焼きうどん  

素晴らしい一日を過ごしたようですね。本当に興味深い。Snow falling on Ceadersという有名な本を読みました。映画でも出ています。第二次大戦中のアメリカに行ったJapanese Americanのお話なのですが、あの時代のイミグレされた方たちの生きるための賢明さが伝わる本です。Canadian JapaneseバージョンではOBASANという本が有名です。どちらもノーベルで勉強になりました。
自由の国、アメリカ。自由の意味とは何かを深く考えさせられます。

2006/11/14 (Tue) 07:36 | EDIT | REPLY |   

devilman  

それは興味深いですね。やっぱり、人間、慣れているところがまだ第一なのかな。
移民を促す宣伝ポスターに、「北アメリカとか南とかそういうことではなく、アメリカには道に金が落ちているんだ、さあ行こう・・」とか言うのがあって、その後のストーリーが、より切実に思えました。ホント、生死をかけた賭けだったんじゃないかな・・

2006/11/13 (Mon) 01:17 | EDIT | REPLY |   

Asamanbow  

おもしろいデータがあったのは、移民をする人は、出身地と同じような緯度の場所に大半の方が移民したそうです。つまり、沖縄の人がブラジルに移民する、という場合でも、北半球と南半球で違いがあっても、同じような緯度で同じような気候のところを選んだのだそうです。

2006/11/13 (Mon) 00:11 | EDIT | REPLY |   

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