2016.9.19
鳥海山には、とても心地の良い思い出があります。
仙台の学生生活も長くなったころ、鶴岡出身の学生の実家を訪ね、鳥海山に登ろうという話になったことがあります。
夏も終わりのころです。
後日談ですが、ちょっとした恋愛ストーリーのこぼれ話的な事柄だったらしいのですが、僕はまったく知るところではありませんでした。
四人で行ったのですが、三角の関係の緩衝帯として僕は誘われたのが真相でした。
あっはっは。
何十年も前の話ですけどね。
僕が彼女と、男女関係なしにとても親しかった、というのが、男女関係を意識したほかの三人にとっては、とても有効な緩衝帯だったわけです。
おほほほほ

初日に泊まった御浜小屋からの、日本海の夕景です。
雲の影が、太陽を反射して光る海面に様々な濃淡、そして形を淡く作り出し、それは心にしみこむ光景でした。
大きな体の小屋の親父さんは、神社でもあるこの小屋の神主さんです。
そしてお手伝いのおねえさん。まったく顔も覚えていません。
楽しく自炊している僕らの横で、腹痛に耐えて、苦しんでいるお父さんと心配そうに見守っているご家族がおられました。
神主さんは、その後、件のお父さんを背負い、お母さんと小さなお子さんを伴って、下山していきました。
夕日の中を、小柄ではありましたが、男性を一人背負って歩いていく、神主さんのお姿と、心配そうにそばを歩くご家族を、僕らは、何もできないまま、小屋の外に出て、見送りました。いまだに映像として記憶にあります。
神主さんは、男性を送り届けたら、戻ってくるといわれていましたが、すでに真っ暗。
もちろん、小屋のおやじさんですから、心配はないのでしょうが、僕らはどうしても気になり、ずっと外で、賽の河原から上がってくるライトを待っていました。
どのくらい待ったかはもちろん記憶にないのですが、ようやく、小さなライトがポツンと見え、やがて親父さんは戻ってこられました。
とにかくほっとし、やっと寝られるな、と思ったことを覚えています。
さすがに疲れたのでしょう。神主さんは、足を投げ出して、くつろぎ、ビールを開けておいしそうに飲んでいました。
そして、ただ待っていたというだけで、僕らにも缶ビールをふるまってくださり、大変恐縮しました。
しばらく、そしてお話を聞くことができました。
その日はただ小屋までのルート、きつくもなく、夕食もおいしくいただき、いろいろ体験して、満足の中、眠りについたのです。
翌朝、いいお天気。鳥海山は、日本海、そしてその海岸線、また振り返れば、東北の山々。
展望もよく、光を浴びた緑と咲き残った花が、火山の岩々の道に彩を加え、気持ちの良い登山ができるところです。
そして神社を越えて、急登をしっかり登ると、岩を乗り越え、てっぺんに。
独立峰のすばらしさ。
外輪山を通るプロムナードも、本当にきれいだった。
気持ちの良い、充足した、そして満足した、なかなかない記憶を残した山だったのです、鳥海山は。
そして、思いがけずの再会、です。
たどり着いた鉾立の駐車場は、まったくの霧の中でした。
深夜一時。
夕食が早かったので、小腹がすき、湯を沸かして、カップ麺を食べます。

朝五時、外から仲間「B」にライトを照らされ、目が覚めました。
寝過ごしですね。

トイレと身支度を整え、出発ですが、どんよりのお天気です。まあ、今回は、降らなければ、なので。



奈曽川の渓谷です。
鳥海山は、火山が浸食を受けて、山の形ができているのですが、山によって、そのできた時期が異なるため、違いにも興味がわきます。

賽の河原に来ました。

もう、秋ですよね。



車を置いてきた、鉾立のビジターセンターが見えています。

日本海に浮かぶ、粟島。


振り返ると海っていうのも、なかなかないよね。

出発して一時間半ほどで、御浜小屋に着きました。
めちゃ、懐かしいですね。

神社、です。


御浜小屋から、すぐ下に、鳥海湖が見えます。

さて、初めて、鳥海山が目の前にはっきり見えます。





雨が降ってきたので、雨具の上を着ました。



のびやかだなあ・・・








このあたりで、雨はすぐやみ、雨具を脱ぎます。


七五三掛、しめかけ、と読みます。
ここから、千蛇谷の方に降りていきます。
帰りは、外輪山を通ってここに来る予定です。

千蛇谷に、はしごで降りていきます。

千蛇谷のコースです。登って行った、奥が、火口のあった場所でしょう。


残雪は、ちょっとだけ残っていました。

このコースでも、降りてこられます。








海岸線が見えています。すぐ、そこに。




外輪山コースの稜線と、たどってきた、千蛇谷。




最後のジグザクの急登で、大物忌神社に着きます。
何人か、休んでいる方もおられました。
軽食をとって休憩です。




さて、ここから、岩を攀じて登っていきます。
ゴロゴロの大岩の重なりです。


さらに、切通しのような、岩の間を抜けていきます。



海岸線がのぞけますね。

そして、新山の山頂へ。

登頂です。
なかま「B」「C」と。
なかなか、いい山です。


下山は、胎内くぐりを抜けていきます。

一度谷に降り、外輪山へ上ります。




外輪山から、南が見えますが、雲、です。

あちらが三角点のある、七高山です。ちょっと行ってみます。

秋田県の男鹿半島まで見えますね。

あの山は何かな。




外輪山を下山していきます。



おほっ、日が差しました。
日が射すことすら、よころび・・






文殊岳に人がいるのが、見下ろせます。
背後は、御浜小屋へのルートです。

鳥海湖ですね。



なんと、イワカガミがありました。

さあ、千蛇谷との分岐まで降りてきました。








御浜小屋の中。なんか、懐かしいような、感慨・・・すでに解放避難小屋の時期です。



賽の河原で、オコジョくんに会いました。
ちっとも、逃げず、写真も撮り飽きて、さよなら、しました。




整備された階段を下りていくと、鉾立の駐車場です。


おりてきたら、やっぱり、ガスになりました(笑)

海岸の近くまで降りて、あぽん西浜の湯に入り、その施設にあった、キャンプ場でキャンプします。
あすは、みんなで月山に登る計画ですので、ここでのんびり、英気を養います。

近所のスーパーで買い出しし、
居酒屋風に、やっこにきゅうりの塩もみで、ビール。

おでん。


豚のみそ焼き。

肉もやし炒め。

おなかいっぱいで、おやすみなさい・・・
夜、やっぱり、雨が…
鳥海山には、とても心地の良い思い出があります。
仙台の学生生活も長くなったころ、鶴岡出身の学生の実家を訪ね、鳥海山に登ろうという話になったことがあります。
夏も終わりのころです。
後日談ですが、ちょっとした恋愛ストーリーのこぼれ話的な事柄だったらしいのですが、僕はまったく知るところではありませんでした。
四人で行ったのですが、三角の関係の緩衝帯として僕は誘われたのが真相でした。
あっはっは。
何十年も前の話ですけどね。
僕が彼女と、男女関係なしにとても親しかった、というのが、男女関係を意識したほかの三人にとっては、とても有効な緩衝帯だったわけです。
おほほほほ

初日に泊まった御浜小屋からの、日本海の夕景です。
雲の影が、太陽を反射して光る海面に様々な濃淡、そして形を淡く作り出し、それは心にしみこむ光景でした。
大きな体の小屋の親父さんは、神社でもあるこの小屋の神主さんです。
そしてお手伝いのおねえさん。まったく顔も覚えていません。
楽しく自炊している僕らの横で、腹痛に耐えて、苦しんでいるお父さんと心配そうに見守っているご家族がおられました。
神主さんは、その後、件のお父さんを背負い、お母さんと小さなお子さんを伴って、下山していきました。
夕日の中を、小柄ではありましたが、男性を一人背負って歩いていく、神主さんのお姿と、心配そうにそばを歩くご家族を、僕らは、何もできないまま、小屋の外に出て、見送りました。いまだに映像として記憶にあります。
神主さんは、男性を送り届けたら、戻ってくるといわれていましたが、すでに真っ暗。
もちろん、小屋のおやじさんですから、心配はないのでしょうが、僕らはどうしても気になり、ずっと外で、賽の河原から上がってくるライトを待っていました。
どのくらい待ったかはもちろん記憶にないのですが、ようやく、小さなライトがポツンと見え、やがて親父さんは戻ってこられました。
とにかくほっとし、やっと寝られるな、と思ったことを覚えています。
さすがに疲れたのでしょう。神主さんは、足を投げ出して、くつろぎ、ビールを開けておいしそうに飲んでいました。
そして、ただ待っていたというだけで、僕らにも缶ビールをふるまってくださり、大変恐縮しました。
しばらく、そしてお話を聞くことができました。
その日はただ小屋までのルート、きつくもなく、夕食もおいしくいただき、いろいろ体験して、満足の中、眠りについたのです。
翌朝、いいお天気。鳥海山は、日本海、そしてその海岸線、また振り返れば、東北の山々。
展望もよく、光を浴びた緑と咲き残った花が、火山の岩々の道に彩を加え、気持ちの良い登山ができるところです。
そして神社を越えて、急登をしっかり登ると、岩を乗り越え、てっぺんに。
独立峰のすばらしさ。
外輪山を通るプロムナードも、本当にきれいだった。
気持ちの良い、充足した、そして満足した、なかなかない記憶を残した山だったのです、鳥海山は。
そして、思いがけずの再会、です。
たどり着いた鉾立の駐車場は、まったくの霧の中でした。
深夜一時。
夕食が早かったので、小腹がすき、湯を沸かして、カップ麺を食べます。

朝五時、外から仲間「B」にライトを照らされ、目が覚めました。
寝過ごしですね。

トイレと身支度を整え、出発ですが、どんよりのお天気です。まあ、今回は、降らなければ、なので。



奈曽川の渓谷です。
鳥海山は、火山が浸食を受けて、山の形ができているのですが、山によって、そのできた時期が異なるため、違いにも興味がわきます。

賽の河原に来ました。

もう、秋ですよね。



車を置いてきた、鉾立のビジターセンターが見えています。

日本海に浮かぶ、粟島。


振り返ると海っていうのも、なかなかないよね。

出発して一時間半ほどで、御浜小屋に着きました。
めちゃ、懐かしいですね。

神社、です。


御浜小屋から、すぐ下に、鳥海湖が見えます。

さて、初めて、鳥海山が目の前にはっきり見えます。





雨が降ってきたので、雨具の上を着ました。



のびやかだなあ・・・








このあたりで、雨はすぐやみ、雨具を脱ぎます。


七五三掛、しめかけ、と読みます。
ここから、千蛇谷の方に降りていきます。
帰りは、外輪山を通ってここに来る予定です。

千蛇谷に、はしごで降りていきます。

千蛇谷のコースです。登って行った、奥が、火口のあった場所でしょう。


残雪は、ちょっとだけ残っていました。

このコースでも、降りてこられます。








海岸線が見えています。すぐ、そこに。




外輪山コースの稜線と、たどってきた、千蛇谷。




最後のジグザクの急登で、大物忌神社に着きます。
何人か、休んでいる方もおられました。
軽食をとって休憩です。




さて、ここから、岩を攀じて登っていきます。
ゴロゴロの大岩の重なりです。


さらに、切通しのような、岩の間を抜けていきます。



海岸線がのぞけますね。

そして、新山の山頂へ。

登頂です。
なかま「B」「C」と。
なかなか、いい山です。


下山は、胎内くぐりを抜けていきます。

一度谷に降り、外輪山へ上ります。




外輪山から、南が見えますが、雲、です。

あちらが三角点のある、七高山です。ちょっと行ってみます。

秋田県の男鹿半島まで見えますね。

あの山は何かな。




外輪山を下山していきます。



おほっ、日が差しました。
日が射すことすら、よころび・・






文殊岳に人がいるのが、見下ろせます。
背後は、御浜小屋へのルートです。

鳥海湖ですね。



なんと、イワカガミがありました。

さあ、千蛇谷との分岐まで降りてきました。








御浜小屋の中。なんか、懐かしいような、感慨・・・すでに解放避難小屋の時期です。



賽の河原で、オコジョくんに会いました。
ちっとも、逃げず、写真も撮り飽きて、さよなら、しました。




整備された階段を下りていくと、鉾立の駐車場です。


おりてきたら、やっぱり、ガスになりました(笑)

海岸の近くまで降りて、あぽん西浜の湯に入り、その施設にあった、キャンプ場でキャンプします。
あすは、みんなで月山に登る計画ですので、ここでのんびり、英気を養います。

近所のスーパーで買い出しし、
居酒屋風に、やっこにきゅうりの塩もみで、ビール。

おでん。


豚のみそ焼き。

肉もやし炒め。

おなかいっぱいで、おやすみなさい・・・
夜、やっぱり、雨が…
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