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12 2012

雪道のラッセルをしながら、君たちを想う。

様々なものが終息に向かわせられているとき、現実として、今そのままにあることを知らされる。

まだ、一年。

この先が、怖い。
http://cb250rsz.blog104.fc2.com/blog-entry-980.html



http://cb250rsz.blog104.fc2.com/blog-entry-983.html


あの日、起きたこと、あの日以来、考えたこと。

本来、特別ではなかったはずのこと。


ゆき帰りの5~6時間、重く、深い雪と格闘しながら、歩いた。

3.11 イベントに参加している。

車まで戻ってきて、間もなく、14時46分の防災無線の放送とサイレンが聞こえた。

Oraho-03.jpg


各地でみんなが走り、歩いた。


Oraho-02.jpg


あの日、「未曽有」と書いたけれど、未曽有なはずはない。

人類は、何度も、こういう災害、人災に遭っていることは、記録をひも解けば、明らかになる。

それが、自然現象であったとしても、戦争であったとしても。。

原子力は、未曽有と思うかもしれないが、知らないはずがない。

あれだけ、詳細に実験され、記録されてきたし、体験してきている。

廃棄物の処理方法が見つからないまま突っ走ったことは、誰でも知っている。


それに、「パンドラの箱」という寓話は、原子力というものさえ、既知のものとしている。


人の知恵は、「神」をも生んだといえるから、知らないとは言わせない。


とも、言える。


賢さを担うはずの「機関」は、誰も助けられなかった。



毎年、家族写真の年賀状を送ってくれていた、陸前高田の友達の笑顔が浮かぶ。

今年の年賀状は来なかったが、新聞に載っていた、彼の名前と、年賀状が来ない現実の間が、

まだ、埋まらない。



その瞬間の恐怖を、想像する事すらできない。




ただ、彼らを想うだけである。

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