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03 2011

マイ・テントの系譜

中学・高校では、山登りは部活動だったから、テントは学校のテントだった。

もちろん、デカくて、重い。冬用なんて半端じゃない。

用具係が担ぐことになるので、係の分担を決めるときは、暗闘がおこる。

同様に、人数が多いので、大鍋を持っていくのだが、その担当にも、だれもなりたくないから、

食料係も、押し付け合いが始まる。

そういうことが起こるので、テントではなく小屋泊まりを主張するものまで現れる。

ただ、それでも自炊だから、大鍋係は誰かがなる。

欠席者が多ければ、鍋は小さいのを持っていくことになるので、争いは収まる。

なんだかんだで、テントを分担することなく、卒業できたが、大鍋は何度かあたった。

山で、大鍋をザックに着けている人などいないから、恥ずかしいし、だいたい雷が鳴ったら、

恐怖だ。


高校を卒業して、そんなクラブ活動の山から解放されると、なんか、とても自由になったような気がして、

いろんな山に行きたくなる。

特に、大学生活は、親元を離れたこともあり、自由な気分になる。

そして、その前に、かっこいい装備がほしくなる。

でもまあ、学生だから、高くて買えないことが多い。


最初に山仲間とやったのは、「二食付」で小屋に泊まることだ。

これって、どんなに楽だろう、と思っていたからだ。

大学一年間夏休みに、雲取山の白岩小屋に、二食付で仲間と三人、泊まった。


でも、一人になると、やっぱり、何から何まで自分で担いでいくのがスタイルだな、と気づく。

それでテントをやっと買ったのは、大学二年だ。

これが完全な失敗。安さにつられ、毎号のように山と渓谷に広告を打っていた、

名もないショップのオリジナルテントを買ったのはいいが、

縫い目に不具合があり、雨が漏る。

しかし、クレームしようと思ったところ、次の月には店自体が閉店し、会社もなくなっていた。

最悪だ。。

仕方なく、自分で修理し、しばらく使っていた。

今考えると、当時でも相当性能の悪いテントだった。

それでも、雨が降らない時に寝るだけなら、何とかつかえたテントだったから、

別の大学のサークルの友人がほしいというので、あげてしまった。性能は了解の上だった。


写真が変色しているけれど、スキャンしてみた。

宮城県と山形県の境にある、船形山に、残雪期に登った時の写真だ。写っているのは、今は長野で教員をしている友人だ。

1976船形山


よほど使いにくいし、一人で行くのに大きすぎるし重いから、お茶の水にあった職人の店で、ツェルトを買って、使い始めた。

居住性を考えて、2人用のツェルトだ。


下の写真は、岩手県の焼石岳の頂上ドームの下に張った時だ。

もちろんここは、本来の幕営地ではない。

九月末の平日。入山から下山まで、だれにも会わなかった。

1976焼石岳



こちらは、甲斐駒の黒戸尾根の七合目のテント場だ。フライがなかったので、夏の夕立には戦々恐々としていたが、

降ったのは一回だけで、なんとか新しいためか、中にしみることはなかった。

1976黒戸尾根


このツェルトではさすがに冬はいけないので、次は相当無理をして、カモシカスポーツの「エスパース」を買った。



そして、早速、三月の八ヶ岳に、渋の湯から登った。

一人で登ったのだが、テントは2-3人用、ばかばかしく重かった。

だいたい、今のように小さくならない。


黒百合平のテント場。

次の日は上天気で、東西天狗岳に登り、中山を経て、高見石でのんびりし、渋の湯に戻った。

1982中山峠


こちらは、一月の赤岳鉱泉のテント場。

この時は、船形山の写真に写っている、友人と二人だった。

1983赤岳鉱泉



その後数年間は、夏は素泊まり小屋利用で、縦走をしていたが、素泊まりだと待遇の悪い小屋や、

そもそも素泊まりの泊り客が少なく、時には自分しかおらず、居心地が悪い思いをしたこともあり、

いっそテントにしようと、山と渓谷の広告を探し始めたときに、秀山荘の広告にちょうど出ていたのが、

アクシーズクインの「エアーズロック1.5」というモデルだった。

一人用の軽量ドーム。


あまり他で見ないようだったし、バーゲン価格が割と安かったから、見に行って、即購入してしまった。

その年の夏山で登ったのは、北アルプスの餓鬼岳。

本当は、燕岳か、その先まで縦走するつもりだったが、悪天候で、餓鬼岳だけで下山した。

第一日目、登山口にあたる、白沢に張った新品テント。

1993白沢堰堤

結局、天気が持たないことがわかっていたので、一日雨で沈殿した後、とりあえず雨が止んでいた三日目に

テントを置いて登り、餓鬼岳小屋に一泊、次の日に雨の中下山した。



翌年は、南アルプスの三伏峠から荒川三山、二軒小屋、転付峠越えと、南アルプスを横断するルートを歩いた。

これは、二軒小屋のテント場。

1994二軒小屋



次は、やっぱり、北アルプスに戻り、

種池から、爺が岳、鹿島槍、キレット、五竜、唐松、不帰、天狗岳、そして鑓温泉経由で下山した時、

唐松のテント場に張った、マイ・テント。

この時は、キレット小屋に、台風のため、二晩閉じ込められた。

小屋に二泊した朝、風雨をついて、出発し、八峰、五竜を越え、唐松岳まで来て、行動を中止し、テントを張った。

まだ午前10時だったけれど、不帰の岩稜を雨の中下っても、危険と同時に、何も見えない時に行っても、つまんないから。

唐松山荘でぬれた服装のまま飲んだ、生ビールがうまかった。

翌朝は、台風一過、スンバらしい天気。ご来光を唐松岳の山頂で迎え、大展望の中、不帰の岩峰を越え、

天狗の大下りを逆に登り、大出原のお花畑の中、行列する登山者の横をカッ飛んで下った。

1996唐松



翌年夏は、双六と三俣蓮華、西鎌から槍が岳、槍平、新穂高と歩いた。

入山一日目のわさび平のテント。

1997わさび平



これは、西鎌から槍を越え、下りてきた槍平のテント。


1997槍平


この次の年に笠新道から笠が岳に登り、笠が岳の稜線に張ったのが、このテントの最高到達高度となったが、
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それ以降、しばらく出番がなくなった。



その理由は・・・・





2000白駒池


子連れ登山。。。


2000白駒池2


ここは、北八ヶ岳の白駒池ちかくの駐車場。

子供二人を連れた登山の過酷さ。。。。この子たちの母親は、山には興味がない。。。


上の写真で分かる通り、親子三人の四日分の食料とテントで、背負子一つ分。

車の中に、その他の装備をつめた大型ザックが一つある。

ここから白駒池のテント場まで、もう一回、荷物を取りに来なければならない。




実は、この前年、同じく白駒池に、この子たち二人を連れて初めての幕営をしたところ、土砂降りの雨にたたられ、

久しぶりに引っ張り出して張ったエスパースの防水性能は相当劣化しており、テントの中は悲惨な状態になった。

子供たち二人を濡れから守ることで精いっぱいだったが、初めてのキャンプで興奮していた二人は、元気いっぱいで、

持ち込んだダンボールいっぱいのお菓子を食べまくり、狭いテントの中で大騒ぎをし、ご飯もたくさん食べ、

大雨の中、なんとか濡れから守ったシュラフの中でぐっすり眠って、一夜を明かした。

もっとも、お菓子を食べ過ぎておなかを壊した二人を、交互に、土砂降りの中、トイレに連れて行くはめになったが。。。


結局、天気の回復が望めないというより、ほとんどのすべての装備を濡らしてしまい、これ以上耐えられないという判断で、

明け方にテントを撤収、車においたあった乾いた服に着かえさせ、早々に帰途についた。

雨は、山を下りても、高速ワイパーでも追いつかないくらいの土砂降りで降り続いていた。

この日、各地でいくつもの遭難事故が発生していたことを、下山後のニュースで知った。

娘7歳、息子4歳の夏だった。


そんなわけで、テントをなんとかしなくてはならなくなった。

次の年、居住性と性能を考え、奮発して四人用のダンロップK4を購入することにした。

大人でも三人で使える大型テントだ。

小さかった息子は、テントの中で十分立ち上がれた。

で、リベンジに、再び白駒池に向かった。

その年も、お盆の天気はすぐれず、この白駒池テント場も、午前中に張ったのは、我々だけ。

午後になって、小さな子供を連れた夫婦がテントを張り、結局二張だけだった。

けっこうな雨が降っていたが、さすが新品、まったくびくともせず、テントの中は快適そのものだった。


2000白駒池tent


翌日は結局曇り空だったが、朝は一時的に日も差し、二人を連れて高見石から、中山、ニュウを一周、

苔むした道をテントまで戻った。

今考えると、8歳と5歳が、よくあの距離を登り、下ったと感心し、また何かあったらどうしたものだろうかと、

怖くなるが、意外に子どもというのは、元気なものだった。



こうして、単独行はしばらくお休みとなり、

二人を連れて、大型テントと食料の大荷物をもっての山行となったため、テント場まで歩く距離が短い事が、

登る山を選ぶ条件となった。

翌年は、北沢峠にテントを張り、藪沢小屋での一泊をはさみ、仙丈岳に登頂した。

娘四年生、息子一年生だった。

2001北沢峠


その翌年は、廻目平に幕営し、金峰山を往復した。

200208金峰山


娘はこれを最後に、山には行かなくなった。


息子とは、4年生の時に、種池にテントを張って、爺が岳、鹿島槍を目指したが、風雨が強くなり、鹿島槍は断念。
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二人分であれば、何とか荷物を担ぎ上げることができたが、相当きつかったことは事実だ。

種池までの登り、相当時間がかかった。


受験やいろいろあり、その次に登ったのは、息子が中学に入ってから。

新穂高の駐車場で一夜を明かし、槍平から槍を目指した。

新調した大型ザックに詰めた装備は、25キロ前後あった。

高校時代の歩荷訓練は30キロだったが、それに近い重量を担ぐのは、久しぶりだった。

ジムで水中歩行を繰り返し、一応準備してきたので、時間はかかったが、なんとか槍平まで担ぎ上げることはできた。
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2007槍平2


その後、息子は何かと忙しいらしく、今年7月の奥穂まで、山から遠ざかり、このダンロップK4も、

尾根裏にしまわれたままになった。


従って、再び単独行をしてよい環境に戻ったため、例のテントも復活することになった。


二年前の9月、午前中の双六テント場。 他にだ~れもいない。。

前泊地の鏡池から登って、テント設営後、双六、三俣蓮華の一帯で、大展望と紅葉を楽しんだ。
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2009sugoroku.jpg


IMGP1192.jpg


久しぶりということもあるが、一人の装備にもかかわらず、やたらに荷物が重く感じて、新穂高から鏡池まで、

超不調で、時間がやたらにかかってしまった。

このテントでさえ、重く感じるようになり、軽量ツェルトという手があるのを思い出した。

翌年、早速、秀山荘で購入し、剣に行った。

ダムから内蔵助平を経て、真砂沢ヒュッテ前に幕営した。
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IMGP0467.jpg


結局、フライがないので、タープを持っていったから、テント関係の総重量は、アクシーズと同じくらいになってしまった。

でも、ツェルトは所詮、ツェルト。

悪天候の時に長時間快適に過ごすことはできない。

やはりテントは必要だ。





さあ、どうしよう。。。

槍平のテント場で時間があったので、たくさん張ってあるテントを観察してみた。

いろんなテントがあった。

+アルファの工夫もいろいろと見た。

あとで、ブログでアドバイスもいただいた。



結論。

幅90センチ以上、長さ200センチ程度。 最近の一人用テントは、だいたいこれを満たしている。

入口は、長辺側にあること。

モンベルや以前のアクシーズは短辺側に入り口。

好みもあるが、壁の立ち上がり角度が急な側に入り口を作った方が、雨は降りこみにくい。

そしてフライで形作る前室の使い勝手は、長辺側の方がよい。

フレームとテントの結合は、吊り下げ方式の方が設営しやすい。


で、いろいろ迷ったが、ダンロップのK4を気に入っているので、設営方法が同じで、構造も似ている、

PROMONTE V14を、アクシーズの後継テントとして、選ぶことにした。


さかいやスポーツのネット通販。楽天会員入会特典で、2000円引き、金33,952円。


それで、届いた。

v14.jpg


ちっちぇ、かるっ。

さて、使いに、どこに行くかな。。

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8 Comments

devilman  

伯苑さんへ

> ヾ(≧∀≦*)あはっ♪ 雨漏りテントあげちゃったのね^^:

まあ、雨降らなきゃ、何とかなりましたからね。
クラブの合宿で使うテントをほしがっていたから、ちょうどよかったみたい。

> びしょぬれになってもお腹こわしても
> 子ども達にはいい思い出いっぱいの登山なんだろうなぁ~

子供にはね、小さいころの時間て短いから、どんだけ楽しい思いさせてやれるか、
一生懸命だったな。楽しい思い出、たくさん作ってやりたくてね。
いまはもう、懐かしいですね。親も、その時たくさん楽しんだから。

2011/09/09 (Fri) 08:19 | EDIT | REPLY |   

伯苑  

No title

ヾ(≧∀≦*)あはっ♪ 雨漏りテントあげちゃったのね^^:

子とも達と雨の中の登山!!
さぞかしお父さん大変だったんでしょうね
びしょぬれになってもお腹こわしても
子ども達にはいい思い出いっぱいの登山なんだろうなぁ~
素敵(人´∀`).☆.。素敵.:*・°

2011/09/08 (Thu) 14:54 | EDIT | REPLY |   

devilman  

ブルさんへ

テントは、経験してしまうと、ハードルが低くなり
どんどん楽しめるようになります。
もちろん、ノウハウやそれ相応の体力も必要ですが、
やはり、楽しみの要素が増えますからね。
ぜひ、ハードルを越えてください。

2011/09/04 (Sun) 19:58 | EDIT | REPLY |   

devilman  

aiさんへ

大先輩なんて、とてもとても。。
もっとすごい人はたくさんいます。

ちなみに、山岳部、山小屋バイト、いずれも経験しましたよ。
バイト、やる施設によりますね。
僕はあんまりいいところじゃなかった。

でも、クラブで山を経験すると、苦行に耐える、とかいうイメージで、
装備一つにしても、あまり遊びの要素がないんだよね。
それが抜けて、本当に楽しめるようになるまでけっこうかかりましたよ。

とにかく、今は、軽量化と山の満足の折り合いをどこにするんか、研究中です。

2011/09/04 (Sun) 19:56 | EDIT | REPLY |   

devilman  

Mikiさんへ

ダンロップユーザーなので、自然にプロモンテになったということかな。
やっぱり、布の厚さが違い、十年以上たつと進歩するもんだな、と思います。
早く使いたいです。

2011/09/04 (Sun) 19:52 | EDIT | REPLY |   

ブル  

No title

こんにちは。

テントに思い出がたくさん詰まっているのが
わかりました。
テントはずっとほしいと思っていますが、
なかなか手が出ません・・・
ダイエットできたら買おうかな。

テント山行はあこがれです。

2011/09/04 (Sun) 17:25 | EDIT | REPLY |   

ai  

山の大先輩☆

devilman さんは、根っからの山男さんだったんですね ^^

私も主人も、社会人になってから山登りを始めたので
山で山岳部の学生達を見かけると、
「あ~ 学生時代に、山に目覚めていたらな~!」 とか
「山小屋でバイトもしてみたかったな~!」 とかっていう話題になります。

新しいテントは、どこでデビューになるのでしょう? 楽しみですね!
荷物が軽くなると、気分も軽やかになりませんか!?  ^^

私達はクッカーなどのアイテムを軽量化したいな・・・

2011/09/04 (Sun) 15:16 | EDIT | REPLY |   

Miki@宵の明星  

テント♪

紫のテント、アクシーズクインだったんですね~
プロモンテも評判のいいテントですよね♪
そんなに前のと重さ違いますか?
どこでおろすか、次の山行が楽しみですね!

2011/09/04 (Sun) 11:31 | EDIT | REPLY |   

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